日経平均が上がり続けた数年間、僕は売りポジションを持ち続けた|通算約380万円損失の記録

想定外の相場変動に追い込まれる投資家の心情イメージ
目次

はじめに

現在の株式投資の通算損益は約380万円のマイナスです。

ただし、この損失は一度の失敗で発生したものではありません。

数年かけて積み上がった結果です。

今回の記事では、

「なぜそこまで損失を拡大させてしまったのか」

を振り返ります。

今振り返ると、単純に相場予想を外しただけではありません。

判断の積み重ねでした。

そして、その判断を歪めた出来事もありました。

不動産売却で投資資金が戻ってきた

2023年頃。

子どもはまだ小さく、ちょうどアパートから戸建てへ引っ越した時期だったと思います。

その頃、所有していた賃貸物件で退去が発生しました。

年度替わり後だったこともあり、なかなか次の入居者が決まりません。

さらに子育ても忙しくなり、不動産に時間を使いにくくなっていました。

そこで物件を売却しました。

借入金を返済し、多少の利益も残りました。

結果として、不動産運営に使っていた資金が手元に戻ってきました。

会社以外で生きていく力が欲しかった

私は昔から、

「会社以外の収入源が欲しい」

と思っていました。

もちろんお金も理由です。

ただ、それだけではありません。

私は自分自身の社会適応力にあまり自信がありませんでした。

今思えば、学生時代に何かを本気で頑張らなかったことも影響しているのかもしれません。

もし会社で働けなくなったら。

もし環境が変わったら。

そう考えると不安でした。

だから、

「会社以外でも稼げる力が欲しい」

と思っていました。

スマホのメモ帳には、

「トレーダーになる」

という言葉も残っています。

当時は本気で勉強していた

投資を始めるにあたり、本も読みました。

図書館やネットで評判の良い本を探し、

気に入ったものは中古で購入しました。

・株でゆったり月20万円
・エナフン流株式投資術
・景気ウォッチャー投資法

などです。

今振り返ると知識は十分ではありません。

それでも当時の自分なりには本気でした。

楽して稼ごうと思っていたわけではありません。

勉強していました。

少なくともそのつもりでした。

2023年は利益が出た

2023年の損益は約21万円のプラスでした。

住石ホールディングスなども保有していました。

ただし、大きく上がる前に売っています。

今なら分かります。

2023年は相場環境も良かった。

私が特別うまかったわけではありません。

しかし当時の私は、

少しずつ自信を持ち始めていました。

日経平均ブル2倍との出会い

仕事中に相場を見られる時間は限られていました。

休憩時間くらいです。

複数銘柄を監視する余裕はありません。

そこで考えました。

「値動きの大きいものを一つだけ見ればいい」

そうして売買対象を絞った結果、

日経平均に連動するレバレッジ商品を中心に取引するようになりました。

両建ては最初うまくいっていた

当時は上がるか下がるか分かりませんでした。

そこで両建てを始めました。

買いと売りを同時に持つ。

利益が出た側を利確する。

残った側は戻りを待つ。

そして再び両建てする。

そんなことを繰り返していました。

少なくとも当時は、

うまくいっているように見えました。

70万円損切りした後に暴落した

転機になった出来事があります。

売りポジションを持ったまま相場が上昇し続けた時のことです。

私は最終的に約70万円を損切りしました。

もちろん痛い損失でした。

ただ、その時の自分は完全にパニックになっていたわけではありません。

むしろ、

「これ以上傷が広がる前に一度切ろう」

「仕切り直そう」

「少し様子を見よう」

そう考えていました。

今振り返っても、その判断自体は間違っていなかったと思います。

問題はその後でした。

次の売買をどうするか考えながら、私は数週間チャートを追い続けました。

1日に何度も証券アプリを開いていました。

すると徐々に相場が下がり始めました。

何が原因だったのかは覚えていません。

ただ、大きな下落が来ました。

そして気付いた時には、

私が最初に売りポジションを持った価格さえ下回っていました。

その瞬間、

頭の中に浮かんだのは、

「70万円も損しなくて良かったじゃないか」

でした。

さらに、

「もう少し耐えていれば助かっていた」

「利益だって出せたかもしれない」

とも思いました。

今思えば、この体験がその後の私を大きく変えてしまったのだと思います。

私はこの時、

損切りで助かった経験ではなく、

損切りしたせいで負けた経験として記憶してしまったのです。

損切りへの考え方が変わってしまった

私は損切りの重要性を知らなかったわけではありません。

ただ、

「損切り貧乏」

という言葉が頭にありました。

さらに昔、

ワーキングホリデーでオーストラリアにいた頃、

FXの売買で生活しているという人に出会いました。

その人が言った言葉も覚えていました。

「みんな反転する前に損切りするから勝てない」

今思えば、その人の手法も背景も分かりません。

それでも記憶には残っていました。

そこへ、

70万円損切り後の暴落。

私の中で、

「損切りすると負ける」

という感覚が少しずつ出来上がっていったのだと思います。

ナンピンが始まった

再び売買を始めた頃。

私は売りポジションが不利になるとナンピンするようになりました。

理由は単純です。

利益はいらない。

戻ったら逃げたい。

そう思っていました。

「どうせまた下がる」

その考えが前提になっていました。

なぜ売りにこだわったのか

当時の日経平均は歴史的な高値圏でした。

私は、

「さすがに上がり過ぎだろう」

と思っていました。

だから売りを持った。

そして、

「いつ下がるのか」

ばかり考えていました。

今思えば、

下がるかどうかではなく、

下がる前提で考えていたのです。

682円ラインを決めた

途中で友人やAIにも相談しました。

自分なりに撤退ラインも考えました。

平均建値は約307円。

保有は約8000株。

682円付近を限界ラインと考えました。

損失額で言えば約300万円です。

納得できる数字ではありませんでした。

でも、自分なりに考えた限界でした。

通帳残高と損失額を見比べながら、

「まだ耐えられる」

「やばいかもしれない」

「もうだめかもしれない」

そんなことを何度も繰り返していました。

300万円という数字は、

冷静に決めたルールというより、

自分が耐えられる最後のラインだったのだと思います。

それでも動けなかった

問題はここです。

私はルールを知らなかったわけではありません。

ルールを決めていなかったわけでもありません。

それでも動けませんでした。

理由は損失額だけではありません。

頭にあったのは、

「損切りした後に下がったらどうする」

でした。

また、あの70万円を損切りした時のように、

自分だけが投げた直後に相場が下がったら。

また同じ後悔をすることになったら。

損失そのものより、

その後悔が怖かったのです。

まとめ

今振り返ると、

約380万円の損失は一度の判断ミスではありませんでした。

不動産売却で資金が戻ったこと。

2023年に利益が出たこと。

70万円損切り後に暴落したこと。

損切りへの不信感。

ナンピン。

撤退ライン。

そして動けなかったこと。

その全てが積み重なった結果でした。

もし今、

含み損を抱えながら

「もう少し待てば助かるかもしれない」

と思っている人がいるなら、

この記事の中に自分と似た部分がないか振り返ってみてください。

私自身、

この記事を書きながら、

なぜあそこまで動けなかったのかを整理している最中です。

次の記事では、

含み損300万円を抱えながら生活するとはどういうことだったのか。

誰にも言えなかった日々について書こうと思います。

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この記事を書いた人

投資で何度も失敗しながらも、やめられずに続けてきた個人投資家。

投資歴10年以上
最大損失1200万円

FX・自動売買・仮想通貨・IPO・不動産投資など、実体験ベースでリアルな記録を発信しています。
うまくいった話よりも、失敗や迷いをそのまま残すことを大切にしています。

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