夏の農道で、全部がどうでもよくなった日|新卒で入った先物会社を辞めた理由

損失を打ち明けられず一人で抱え込む投資家
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夏の農道で、全部がどうでもよくなった日

営業を続けているうちに、
少しずつ何かがすり減っていった。

仕事が辛いのかと聞かれれば、
そうとも言い切れない。

怒鳴られることもあったし、
冷たくあしらわれることもあった。

でも本当にきつかったのは、
そういう出来事ではなかった。

ただ――
毎日が、空虚だった。

充実しないプライベート

仕事が終わる頃には、気力が残っていない。

休みの日も外に出ない。
かといって、打ち込める趣味もない。

テレビをつけて、
時間が過ぎるのを待つだけ。

日曜の夕方が近づくと、
胸の奥が重くなる。

いわゆる「サザエさん症候群」を
一番感じていたのは、あの頃だったかもしれない。

合コンを開いてくれた同期もいた。

でも、うまく話せなかった。

恋愛もない。
楽しいと思える時間もない。

仕事だけがある。

汗だくの飛び込み営業

隣県の大きな駅まで電車で向かい、
レンタサイクルを借りる。

「じゃあ、俺はあっち」
「自分は向こう回ります」

そう言って、
炎天下の街に散っていく。

本格的な夏が近づいていた。

汗が止まらない。

雑居ビルの最上階までエレベーターで上がり、
一階ずつ飛び込み営業しながら降りる。

屋上で、
覚悟が決まるまで動けなかったこともある。

最初の研修は、
学生を社会人に変えるためだと思っていた。

でも今思えば、
疑問を持たせないための準備だったのかもしれない。

感情が動かなくなっていった

最初の頃は、断られると悔しかった。

「次は言い方を変えよう」
「もう少し押してみよう」

そうやって、自分を奮い立たせていた。

でも辞める前になると、
断られても何も感じなくなっていた。

怒鳴られても、
冷たくあしらわれても、
心が揺れない。

落ち込むわけでも、
奮い立つわけでもない。

ただ、次の番号を押す。

それがいちばん、怖かった。

うまくいかないことよりも、
自分の感情が薄れていくことのほうが
異常だった。

田んぼに囲まれた一本道

あの日の景色を、今でも覚えている。

左右に田んぼが広がる農道。

真夏の青空。

本来なら、
穏やかで美しい風景だったはずだ。

でもそのときの自分には、

彼女もいない。
楽しいこともない。
誇れる仕事でもない。

この先も、
同じ毎日が続くだけ。

そんな思考に支配されていた。

手に持っていた携帯電話を、
地面に叩きつけた。

音がやけに大きく響いた。

何かを壊したかったのかもしれない。

仕事を終わらせたかったのか、
それとも、
ただ今の状態から逃げたかったのか。

はっきりとは覚えていない。

退職面談で言った言葉

退職の意思を伝えた。

「まだ早い」
「辞めてどうする」
「生活できなくなったらどうする」

そう言われた。

自分は、こう返した。

「それなら、それでいいです」

本心だった。

励ましも、
叱責も、
何も響かなかった。

一年後には、
同期は全員辞めていたと聞いた。

泣きながら退職を申し出た同期もいたらしい。

自分は泣かなかった。

ただ、
もう限界だった。

あの夏の終わり

社会人生活は、
三ヶ月ほどで終わった。

今ならもう少しうまくやれたかもしれない。

でも、
あのときの自分にはあれが限界だった。

あの夏があったから、
自分は後に日本を出ることになる。

それが、
オーストラリアへ向かう選択につながっていく。

当時は、そんなこと知る由もなかったけれど。

資産運用、まだやらかしてます。

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この記事を書いた人

投資で何度も失敗しながらも、やめられずに続けてきた個人投資家。

投資歴10年以上
最大損失1200万円

FX・自動売買・仮想通貨・IPO・不動産投資など、実体験ベースでリアルな記録を発信しています。
うまくいった話よりも、失敗や迷いをそのまま残すことを大切にしています。

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