父も一緒に運用していた
トルコリラで大きな損失を出したとき、
父も一緒に運用していた。
最終的にプラマイで数百万円のマイナス。
それでも父は、
「高い授業料だったな」
とだけ言って受け止めてくれた。
責めることもなく、
蒸し返すこともなかった。
父は堅実に積み立てていた
その頃、
僕は別のことも始めていた。
将来、不動産投資をやってみたい。
銀行とつながりを作っておこう。
そんな理由で地方銀行に口座を作り、
少額で投資信託を買い始めた。
ちょうどNISAという制度が広まり始めた頃で、
父にも紹介した記憶がある。
父は資金に余裕があった。
だから無理をせず、
積立で、
堅実に続けていった。
何年か後の会話
それから何年も経った。
僕は実家を出たけれど、
用事や手伝いで帰ることはある。
ある日も、
手伝いが終わったあと
昼ごはんを食べに行こうという話になった。
食事をしながら、
父が言った。
「日経平均、ずいぶん上がってるな」
「積立してるやつも、
気づいたら結構な額になってる」
「お前も、余裕があるなら少しずつでもやっとけ」
「年金だけでは足りん時代になる。
今から準備しといたほうがいい」
「積み立てた分を全部使わず、
少しずつ取り崩せば、
残った分がまた運用されて助けになる」
本当に、
正しい話だった。
何一つ間違っていない。
本当のことは言えなかった
僕は、
「そうだね」
と言った。
「俺も何かやらないとな」
とも言った。
銀行で聞いてみる、
ネットで調べてみる。
当たり障りのない返事。
会話としては、
それで十分だった。
でも、
本当は違った。
その時の僕は、
すでに別の売買で失敗していた。
しかも終わった話じゃなく、
現在進行形で
大きな含み損を抱えていた。

言えなかった理由
積立を勧めてくれる父に、
言えるはずがなかった。
言えば、
きっと助けようとしてくれる。
でもその前に、
怒られるだろうし、
呆れられるかもしれない。
なにより、
余計な心配をかける。
定年を迎えて、
やっと自分の生活を考えられるようになった人に、
また不安を背負わせてしまう。
それが一番つらかった。
だから僕は、
無難な言葉を選んだ。
分かったふりをした。
ちゃんと考えている顔をした。
残った感情
店を出たあと、
胸の奥に残ったのは、
なんとも言えない情けなさだった。
正しいことを言ってくれているのに、
正しい動きをしていない自分。
それを隠している自分。
たぶん、
同じ経験がある人もいると思う。
家族に、
本当の状況を言えていない。
心配させたくなくて、
うまくいっているように振る舞う。
あの感じ。
その先にある現実
父の積立は、
今日も静かに増えている。
僕はまだ、
そこに追いつけていない。
そして最終的には、
その差を数字として受け止めることになる。
でも、
いつかは。
そう思っている自分も、
確かにいる。
今はまだ、
そこへ向かう途中。
遠回りばかりだけれど。
資産運用、まだやらかしてます。

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