豪ドルのスワップ投資で人生が止まりかけた話|強制ロスカット寸前の2年間

損失の通知に動揺する投資家
目次

高金利で先進国だから安心、そう思っていた

「高金利で先進国だから安心」

当時の僕は、本気でそう思っていた。

いま振り返れば、ずいぶん都合のいい解釈だ。
でもそのときは、疑う理由すら思いつかなかった。

→ 失敗続きでも投資をやめられない理由

最初のきっかけは外貨預金だった

最初のきっかけは、銀行の外貨預金だった。

電車の中吊り広告で見かけた、オーストラリアドルのキャンペーン。

オーストラリアは先進国で資源国。
経済も安定しているイメージがある。

それでいて金利が高い。

「安定」と「有利」を同時に取れるように見えた。

実家暮らしで特に趣味もなかった僕の口座には、約500万円が貯まっていた。
その大半を外貨預金へ。

さらに調べると、手数料が安くてスワップが高いFXという存在を知る。

比較サイトでスワップが高い会社を探し、口座を開設。
当時はセントラル短資が条件的に良さそうだった。

ここまでは、まだ慎重だったと思う。

「50円は割らない」という思い込み

問題はその次だ。

過去の最安値を調べた。

リーマンショック時、豪ドルは約57円まで下落している。

ならば、50円は割らないだろう。

なぜかそう思った。

根拠は薄い。
それでもエクセルで簡単な計算表を作り、
50円を割るまではロスカットされない数量を算出した。

レバレッジは2〜3倍。

「ちゃんと計算した」という事実が、自分を安心させた。

でも実際は、かなりギリギリだった。

震災と円高、そしてロスカットの恐怖

買ったのは東日本大震災の約3ヶ月前。

その後、僕は仕事を辞め、
思いつきのように世界一周を考え、
最初の国としてオーストラリアへ向かった。

英語が公用語だから。
それだけの理由だった。

到着から1週間ほどで、東日本大震災が起きた。

語学学校の教室でニュース映像を見て、
実家に連絡を取り、無事を確認した。

ほっとしたのも束の間、為替が動き始める。

円高。

それも、想像以上のスピードで。

震災で国が大きな被害を受けているのに、
なぜ円高になるのか。

当時の僕には理解できなかった。

問題は、自分の口座だった。

買値からどんどん遠ざかっていく。

エクセルで「大丈夫」と出したはずの50円ラインが、
現実の数字として近づいてくる。

チャートを見るたび、
ロスカット水準が視界に入る。

数字が減るたび、胸の奥が冷たくなる。

ここまでは来ないだろうと思っていたラインが、
現実味を帯びる。

あの感覚は、初めての本気の恐怖だった。

→ 含み損を見るのが怖くて口座を見れなかった話
→ 損切りできなかった記憶

助かったけど、削られたものは大きかった

スワップでカバーできる、
時間が味方になる。

そう思っていたのに、
為替差損の増え方はそれを簡単に上回った。

もしこのまま落ちたら。

強制ロスカット。

500万円が一瞬で削られる。

世界一周どころではない。
人生設計そのものが白紙になる。

本当に、夜中に目が覚めることがあった。

そして為替は、ギリギリのところで止まった。

徐々に戻り始める。

数ヶ月、1年と時間が経ち、
買値付近まで戻り、
スワップも積み上がり、
なんとかプラマイゼロで逃げられた。

結果だけ見れば助かった。

でも、あの数ヶ月で削られた神経は、
簡単には戻らなかった。

「助かった経験」が次の失敗を呼ぶ

もし震災がなかったら。
もし底で追加できていたら。

そんなことを考えたこともある。

でも現実は違う。

僕は、ギリギリを攻めて、
運よく生き残っただけだ。

この体験が「高金利は怖い」という学びになればよかった。

でも実際は違った。

恐怖よりも、“助かった経験”の方が強く残ってしまった。

→ 1200万円の損失を分割して自分を納得させた話

それが、次の選択につながる。

そして、次はトルコリラへ

高金利で助かった。

ならもっと高金利ならどうなるか。

そう考えてしまった。

その結果がこれだ。

→ トルコリラのスワップ投資で抜けられなくなった話

資産運用、まだやらかしてます。

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

投資で何度も失敗しながらも、やめられずに続けてきた個人投資家。

投資歴10年以上
最大損失1200万円

FX・自動売買・仮想通貨・IPO・不動産投資など、実体験ベースでリアルな記録を発信しています。
うまくいった話よりも、失敗や迷いをそのまま残すことを大切にしています。

コメント

コメントする

目次