先物取引営業の現実|タウンページ営業と初契約の裏で削れていったもの

失敗を繰り返し投資手法に迷う個人投資家
目次

初契約の裏側で、少しずつ削れていったもの

外務員の資格を取り、営業に出るようになってからも、
毎日は必死だった。

初契約が取れたのがいつだったのか、
正確には覚えていない。

ただ、
その一件だけが、
在籍中に取れた唯一の契約だったことは覚えている。

結果を出せない人間は、そのままにされない

会社は、
結果を出せない新人を放置しなかった。

勉強。
ロールプレイ。
準備。
振り返り。

残業は徐々に増えていった。

完全週休二日制、土日休みと聞いていたが、
いつの間にか土曜出勤が当たり前になっていた。

成績下位のグループは、
土日も休めないことがあるらしい、
そんな噂もあった。

タウンページ営業の現実

営業の中心は電話だった。

地域のタウンページ
(企業や店舗の電話番号が載った分厚い電話帳)
を片手に、
片っ端から電話をかける。

「◯◯フューチャーズの◯◯です」

そう名乗った瞬間、

「俺をどれだけ苦しめたら気が済むんだ!」

と怒鳴られたことがある。

おそらく、
別の先物会社で損をした人だったのだと思う。

そのとき初めて、
自分が立っている場所を少しだけ疑った。

上がると言い、下がると言う

営業トークで、

こちらのグループでは
「灯油は上がる」と言い、

別のグループでは
「灯油は下がる」と言う。

要は、
興味を引ければいい。

契約が取れればいい。

損失が出れば、
自己責任。

そういう構造だった。

自分が取ったあの一件。
あのお客さんは、
損していなかっただろうか。

ときどき、思い出す。

営業交通費は自腹だった

営業は外回りが基本だ。

他グループと被らないよう、
隣県の大きな駅まで行くこともあった。

片道1500円以上かかることもある。

でも、
交通費は自腹だった。

営業は見た目が大事だと言われ、
機能性より見栄えの良いカバンを買わされた。

給料は決して高くない。

少しずつ、
違和感が積み重なっていった。

告発サイトを見た夜

寮にネット回線を引いていた同期が、
ある掲示板を見つけた。

「◯◯フューチャーズに騙された」
「言われる通りに投資して損をした」

そんな書き込みが、
いくつも並んでいた。

先のことなんて、
誰にも分からない。

本当に確信があるなら、
他人に勧めず自分でやればいい。

その言葉は、
妙に腑に落ちた。

断られて当然だと思い始めた

最初は、
断られても何も感じなかった。

でも、
辞める前くらいになると、

「そりゃ契約するわけないよね」

そう思うようになっていた。

自分の言葉を、
自分で信じられなくなっていた。

削れていったのは、数字よりも何かだった

同期との比較。
数字。
叱責。
優越感。
劣等感。

全部が混ざって、
少しずつ何かが削れていった。

営業という仕事が辛いというより、
自分の中の価値観が
静かに崩れていく感覚のほうがきつかった。

まだこの時点では、
辞める決断はしていない。

でも、
歯車は確実に軋み始めていた。

資産運用、まだやらかしてます。

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この記事を書いた人

投資で何度も失敗しながらも、やめられずに続けてきた個人投資家。

投資歴10年以上
最大損失1200万円

FX・自動売買・仮想通貨・IPO・不動産投資など、実体験ベースでリアルな記録を発信しています。
うまくいった話よりも、失敗や迷いをそのまま残すことを大切にしています。

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