数字を見るのが怖くなった瞬間
豪ドルのときも、
トルコリラのときも。
金額の大きさは違うけれど、
共通していたことがある。
数字を見るのが怖くなったことだ。
→ 豪ドルのスワップ投資で人生が止まりかけた話
→ トルコリラのスワップ投資で抜けられなくなった話
最初は毎日確認していた
最初は毎日確認していた。
朝。
仕事の休憩中。
夜。
評価損益の欄を開いて、
ほんの数秒で閉じる。
少しでも戻っていないか。
これ以上悪くなっていないか。
その確認だけで一日が左右された。
開く前にためらうようになる
でも、
ある時から回数が減っていく。
開く前に、
一瞬ためらうようになる。
ログインするのに、
小さな勇気が必要になった。
もし、
また減っていたら。
もし、
ロスカットの水準に近づいていたら。
画面を開くこと自体が、
現実と向き合う行為だった。
見ないことで保っていた
だから僕は、
見ない時間を増やした。
数日に一回。
週に一回。
見ない日は、
少しだけ心が静かだった。
何も変わっていないのに、
問題が存在しないような感覚になれる。
数字は動いている。
リスクも消えていない。
でも、
見なければ実感は薄れる。
それが、
一番ラクだった。
何も解決していないと分かっていた
もちろん、
根本は何も解決していない。
含み損は含み損のまま。
状況も良くなっていない。
それでも、
あの頃の僕には
直視するよりも
目を逸らすほうが現実的だった。
もし毎日正面から向き合っていたら、
たぶん心が先に折れていた。
だから僕は、
見ないことで保っていた。
同じことをしている人は多いと思う
正しいとは思わない。
でも、
あのときの自分にはそれしかできなかった。
含み損を抱えている人の中には、
同じことをしている人もいると思う。
開けば分かる。
でも開きたくない。
あの感覚。
見ない時間が長くなるほど、
決断は遠ざかる。
その先で待っていたもの
それでも僕は、
その時間にしがみついていた。
そして最終的には、
大きな損失と向き合うことになる。
資産運用、まだやらかしてます。

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